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新素材「PLAiR(プレアー)」をリコーがスピード感をもって開発できた4つのポイント

こんにちは!「みんなのデザイン思考とアジャイル」運営メンバーの大関です。今回は、リコーの技術を基盤に開発した新規事業、植物と空気からできた環境にやさしい新素材「PLAiRの開発秘話をお届けします。

PLAiRは様々な事業探索を実施していくなかで生まれた、リコーにとっては新しい素材事業です。

リコーはこれまで、植物由来かつ生分解性を有する環境にやさしい素材、PLA(ポリ乳酸:polylactic acid)を材料とした製品の開発を実施してきました。この技術をベースにして、従来よりもさらにしなやかで強い発泡シートにするべく、独自技術で素材に空気(Air)を混ぜて「PLAiR」を開発しました。

今回はPLAiR事業を牽引している、リコーフューチャーズ PLAiR事業センター 山口 秀幸所長にインタビューを実施しました。山口所長が語ってくれた、事業立ち上げをする上での4つのこだわりについてお伝えしていきます。


1.時流を読み、技術アイデアを蓄え、仮説検証に必要な条件をそろえていく


—―PLAiR事業の発想のきっかけとなったこと、発端のできごとはどのようなものだったのでしょうか。

山口:2019年、リコーは既存技術を転用・応用できるような新規事業の種を探していました。そのなかで、トナーなどで培ったケミカル技術をバイオプラスチックなどの新素材開発に応用できないかという技術検討を行っていました。

結果としてはその時にメインテーマとして検討していた新技術は、リコーの技術を活かせそうにないとわかりました。しかし新技術開発を担当した者が検討中に得た経験から、新たな素材に関する技術アイデアを得たのです。彼はもともとPLAの技術開発に長年携わっており、自身の技術にこだわりをもっていたことから、並行してメインテーマの検討中に発案した「PLAというプラスチックを発泡させる」というアイデアについても技術検討を続けていました。

そして上長への報告時に、「実は2つ目のアイデアについても実験していて、こんなのができそうなんです」と独自の検討結果も同時に提案しました。そうしたところ、面白いね、やってみようということで、PLAiR開発がスタートしました。

――技術者のストーリーとしてとても面白いスタートだったのですね。そのように仮説検証が始まったということですが、PLAiR事業開発を進めるうえでのビジョンや方針、世界観などは、どのように立てていったのでしょうか。

山口:私が技術企画として新規事業のニーズおよび市場探索をしていたとき、ちょうど2016〜17年ごろでしたが、プラスチックの社会問題がクローズアップされ始めていたんです。
特にヨーロッパは非常に進んでいて、使い捨てプラスチック(single-use plastic)について規制の話が出ていました。当時の日本ではそこまで話題になっていなかったものの、ヨーロッパで発泡スチロールの規制の動きが始まっている事を知り、この発泡PLAが代替できそうだと気づいたのです。

そこで、この社会課題と技術を合わせたら一気に爆発するかもしれない、と思いました。社会課題がこれから大きくなるところで、タイミングがものすごく良かったのですね。

——なるほど、それで技術企画として、この流れなら行けるかも、と手ごたえを得たのですね。

山口:いいえ、実は自分を含めて技術企画としては、検討当初はリコーで素材事業を立ち上げるなんて出来ないと思っていたんです。けれど、リコーオリジナルの技術とこれからの社会課題という組み合わせが社内でも面白いと注目されて、内部的にも後押しがありました。


その後、世界ではますます脱プラスチックの動きが加速し、日本においても2022年4月にプラスチック製品の3R+Renewableを推し進める「プラスチック資源循環促進法」が施行されました。
複数のアイデアを並走させながらこだわりをもってPLAに関する新技術検討をつづけた「試作」の精神と、事業企画における時流を読み、社会課題と技術を結びつけ、ソリューションアイデアにしていく力。さらに、新規事業を起こしたい事業部の推進力が合わさり、PLAiR事業の開発が本格的にスタートしました。

2.早期に顧客価値を検証できたことで、開発が大きく加速


—―新しい技術のタネと社会課題、事業部の後押しもあったとのことですが、その後、どのように事業開発は進んだのでしょうか。

山口:PLAiR事業の開発初期の2020年1月に、ナノテク展(国際ナノテクノロジー総合展・技術会議)へPLAiRを出展しました。まずはお客様に見てもらわないとわからないから出展して触ってもらおう、と思って。そうしたらものすごい反響があり、確かにこれならいけるかもと思い、そこから開発が進みました。

いざ出展してみると、現在発泡スチロールを作っている・取り扱っている緩衝材や使い捨て食器の関係者から大きな反響があったんです。禁止の波がやってくるから何かしなくては、と考えていた方々がとても興味を示してくれた。そこで、これは本当に求められているものだなと実感できたんですね。

—―では早い段階で、顧客のニーズが手ごたえとして得られたのですね。

山口:出展当時は、発泡PLA技術にようやく実現の兆しが見えたプロトタイピングの段階で、技術部門の一部からはまだ展示するには値しないレベルなのではないか、と心配の声もありました。しかし技術企画としては本当にこのアイデアが行けるか分からないと思っていたので、お客様の声を聞きたかった。

そこで「とにかく出しちゃおう」と決断し、発泡スチロールに取って代わる技術として紹介しました。あとで思うと、これ以後はコロナで現物を見ていただく機会もなかなか作れなかったので運が良かったのと、開発スピードを加速する上でも重要な判断ポイントであったと思いました。

【ポイント】
初期段階において、小さく速く検証を回し、顧客に直接ニーズを確認し、価値を認めてもらう。結果、顧客価値があると確信できたことで、上司への説得力や信頼、メンバーの自信・確信を得られ、開発の加速に繋がりました
新規価値創出を誠実に行うことは、デザイン思考とアジャイル開発の基本プロセスとリンクしてくるのだな、と強く感じたエピソードでした。

3.事業のブランディングをして、人に知ってもらう努力をする

仮説に必要な3つの要素、

  • 課題 = プラスチック容器の規制の流れ

  • 顧客 = 現在発泡スチロールを取り扱っている関係者

  • ソリューション = 発泡PLAの技術を使ったバイオマス素材の容器

が揃い、いよいよ仮説検証が本格化します。

――手ごたえを感じて開始した事業開発ですが、進める上でのこだわりや、とくに工夫された点はあったのでしょうか。

山口:事業開発を広く周知する上で、事業をブランディングするという点にこだわりを持ちました。ちょうどベンチマークしていた新素材開発をしていたベンチャー企業は、ブランディングがとても上手く、多くの注目や資金を集め、自由に技術開発ができているようでした。

これは参考になるのではないかということで、我々も仮説検証をする上でまずブランド「PLAiR」を作り、このブランドの素材ですよ、と見せ方にこだわりました。発泡PLAとは、PLAを発泡させた素材で……と技術を説明しても、それって何だっけ?と覚えてもらえない。そこで分かりやすく覚えやすいようにPLANT(植物)+AIR(空気)の掛け合わせて「PLAiR」と名付け、ブランディングを実施しました。
そうしたら、そのブランドに対して皆が色々と集まってきてくれるようになったんです。


【ポイント】
多くの企業内の新規事業開発テーマでは「事業部の方針としてやることになっているから」「自分たちや周囲はすでにどんなものか分かっているから」……と、たくさんの人に知ってもらうための努力を忘れがちです。対して山口さんたちは、初期段階でブランディングをしっかりと実施し、コンセプトの言語化と世界観を発信した。結果として人を集めることにもつながったとのことで、ブランディングの重要さをあらためて感じました。

またこれは想像ですが、社外への認知に加え、開発メンバーのモチベーションや意思統一の意味でも、ブランドとしてコンセプトや世界観を共有することは、大変効果があったのではないでしょうか。

4.オープンイノベーションを原則として、共創パートナーと事業を育てる


早期に「PLAiR」をブランド化したことで、「うちの技術も必要なんじゃない?」「協力しますよ」と色々な企業の方が名前に集まり、さらに展示会で需要も確認できたことで、社内での認知度も上がり設備投資も果たします。

しかし、装置を導入してすぐにPLAの発泡シート化はできたものの、初期ターゲットに設定した緩衝材の市場としては、非常に興味は持ってもらえるもののコストギャップを埋めることができず苦戦が続きました。

同時に本来のターゲットである食品容器の開発も進めていましたが、なかなか思うように技術課題が解決できず、商品として充分な品質となるまでは一年半ほどかかりました。

——技術開発でご苦労されたことと、その課題をどのように乗り越えられたのか教えてください。

山口:食品容器は既存の食器の置き換えではあるので、目標品質は見えていたのですが、なかなか品質を出すための技術課題が解決できず、興味をもってもらっても、結局良いものが見せられない。もどかしい思いをしました。

技術開発での工夫として、オープンイノベーションでやろうという方針は事業部全面でありました。積極的に大学や外部の企業を巻き込んで技術開発をしたんですよ。そこでノウハウを教えてもらったのが大きなポイントでした。

リコーの技術だけでは賄えない部分を、協力を申し出て貰った企業に思い切りダメ出しされながら、製品として成り立つ品質を作りこんでいきました。導入した設備もそのままではうまく開発できず、改造のためにも外部のメーカーに協力してもらいました。また、社内外の知見を集め可視化技術の開発なども進め、原因の特定などに役立てました。
また、ある外部向けセミナーでPLAiRの紹介を行ったとき、当時は面識がなかった企業の担当者から「食器容器をやるならうちと組まないと上手くいかないよ」と声をかけてもらい、助けられました。今では協業パートナーとなっていますが、もしその出会いがなければここまで進んでいませんでしたね。

メーカーが新規事業を開発するにあたって、自社でハードもソフトも開発してきているとそれが当たり前になりがちですが、我々はオープンイノベーションにこだわりました。とくに今回取り組むのは、脱プラスチックという大きな社会課題です。自分も事業部としても、そのような大きな社会課題にリコー単体で取り組めるはずはない、周囲を巻き込まなければ短期でやるのは難しいと考えていました。これは重要なポイントでしたね。

まとめ


事業開発を進めるうえでの4つのこだわり、やってて良かったポイント

  1. 時流を読み、課題を見つけこれだと思える仮説を構築する

  2. 早期段階で直接顧客の声を聴ける価値検証をし、確信を得る

  3. ブランディングによりコンセプトや世界観を伝えやすくする

  4. 他者と共創し知見を取り込み、速く高品質に事業を育てる

早期段階でアイデアを形にし、はやく軽く回す価値検証と、たくさんの協力者との共創によって事業開発を加速させたPLAiR事業。事業開発のプロセスをひも解いてみると、デザイン思考的、アジャイル的なエッセンスを感じるポイントが多くありました。
ますます発展していくであろうPLAiR事業、これからも目が離せません!


いかがでしたか?今回は、リコーの技術を基盤に開発した新規事業、環境にやさしい新素材「PLAiR」の開発秘話をお届けしました。

リコーでは、組織全体でデザイン思考とアジャイルを取り入れた改革に挑戦中です。これからも、デザイン思考とアジャイルの実践現場から、生の実践情報をお届けしていきます。気に入りましたら、ぜひnoteをフォローして頂けると嬉しいです。

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